2009年12月1日火曜日

本庄~新町(10.71km; 累計 92.96km)

(写真:神流川より日光連山を見る、2009年11月28日)

本庄を通り過ぎると続いた住宅街もまばらとなり、日光連山などの山々を遠く望むことができる。新町に入る手前には古戦場で有名な神流川を渡る。ここでは1582年織田信長の急死を受けて滝川一益と北条氏直が戦った由。現在は川のすぐ傍が自衛隊の駐屯地となっている。午後4時を過ぎると日が落ち始め、新町に着く4時半ごろには夕闇が迫ってきた。

2009年11月28日土曜日

深谷~本庄(10.71km; 累計 85.16km)

(写真:深谷駅、2009年11月28日)

この深谷駅を見て東京駅に似た立派なたたずまいを見てびっくり。深谷はレンガの産地として有名で、東京駅も深谷のレンガで作った由。これを聞いて納得。深谷の駅を出ると、中山道は国道17号線沿いに西北に道が続いている。中山道沿いには商店街・一般の住宅と切れ目なく家が続いている。

2009年10月11日日曜日

熊谷~深谷(10.5km; 累計 74.45km)

(写真:熊谷寺、2009年10月10日)

久方ぶりに中山道の旅にでる。JR熊谷駅を降りて5~6分程度歩くと熊谷直実の菩提寺として有名な「熊谷寺」がある。熊谷直実は平家の若き公達「平敦盛」を一の谷の合戦で討ち取り、後にこれがもとで仏門に入ったことで有名な武将である。敦盛が討たれた時の年齢は16歳だったと言われている。中山道は国道17号線と時々合流しながら熊谷から深谷まで住宅街の中をたんたんとした道が続く。名所旧跡の類は住宅の開発などでそのほとんどが失われ所々に小さい碑が残っているだけなのがさびしい。

2008年12月29日月曜日

鴻巣~熊谷(16.32km; 累計 63.95km)

(写真:熊谷堤・久下集落付近、2008年12月29日)

鴻巣から熊谷の宿場間は4里6丁(16km)の距離があり長い。距離が長いので途中に間の宿「吹上」があって栄えたという。鴻巣駅からその名前の由来となった鴻神社を過ぎ、吹上を通りさらに行くと熊谷堤に行き当たる。この距離ざっと10km程度か? この熊谷堤に沿って中山道の旧道が続く。堤に上ると見晴らしがよく、遠く日光連山、妙義山、榛名山、浅間山、谷川連峰等雪の頂がはるかかなたに見える。

2008年12月20日土曜日

桶川~鴻巣(7.14km; 累計 47.63km)

(写真:桶川宿・勝願寺山門、2008年12月20日)

桶川宿も終わりに近づき鴻巣へ入る手前には勝願寺(写真)がある。文永年間(1264~1275年)に創建されたと言う古刹で、山門も本殿も古いが格式を感じさせる立派なお寺で、当時家康も鷹狩りの際によくい立ち寄ったと言う。山門には葵の御紋も使用されていて、当時をしのばせる。

上尾~桶川(3.67km; 累計 40.49km)

(写真:桶川宿・大雲禅寺、2008年12月20日)

上尾宿を出て30~40分あまりで桶川宿に入る。宿場の間がかなり短い。桶川宿の本陣があったあたりの道の反対側には中山道宿場館ががある。館内には桶川宿の名物や名所旧跡の案内などあって、展示を見ながらゆっくりと休憩を取ることができる。宿場館を出てすぐ近くには写真で示す大雲禅寺がある。広い境内と立派な本堂に加え、境内には3体のお地蔵様の立像がある。そのうちの1体は「女郎買い地蔵」と呼ばれその背中に鎹が打ち込まれている。これは遊び好きの若い坊さんを戒さめるため、住職が打ち込んだ由。

2008年12月8日月曜日

大宮~上尾(7.8km; 累計 36.82km)

(写真:氷川神社参道と鳥居、2008年12月7日)

さいたま新都心を過ぎたあたりから、氷川神社への参道が本殿まで2kmにわたり延々と続く。参道の両側は古い大きな欅の並木道となっている。これだけの規模の参道と欅の並木は恐らく日本でも珍しいのではないか。参道の終わる正面には氷川神社の本殿がある。この神社内にある掲示版によるとこの神社は伊勢神宮に次ぐ歴史と格式がある由、また「大宮」と言う地名もこの神社に由来するだと言う。氷川神社から宮原、上尾までは商店街・住宅街が交互に続く中をひたすら歩くことになる。